
日本教育改革Ⅰ
――近世から戦前まで
国家は学校をどう組織し、
人々はその制度の中でどう学んだか
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本講の流れ:普及・標準化・分化・統制
日本の近代教育史では、学校を広げ、教育内容を共通化する過程で、進路の分化や、国家の方針に沿った教育の編成も進んだ。本講では、これらがどのように結びついていたかを考える。
中心問題
国家による学校制度の形成は、人々にどのような学習機会を開き、その学びにどのような条件や方向を与えたか。
段階
学ぶまとまり
Ⅰ 制度の形成
近世の学び、学制、教育令、諸学校令
Ⅱ 普及と進路
教員、教材、就学条件、学校体系
Ⅲ 教育の別の可能性
私学、大正新教育、生活綴方、教育からの排除
Ⅳ 戦時再編と現代への問い
国民学校、中等学校令、動員、国家と教育
到達目標は、制度が成立した時期を押さえ、その内容と教育上の意味を関連づけて説明できるようになることである。
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全体年表:制度の変化をまとまりで記憶する
現在地|見通しと史料の読み方
年・時期
制度・出来事
主な変化
近世
寺子屋・藩校・私塾
多様な学習文化
1871年
文部省設置
全国的教育行政
1872年
学制
全国学校制度の構想
1879・1880年
教育令・改正教育令
地方裁量と統制の調整
1886年
諸学校令
学校種別の制度化
1890年
教育勅語
国家の教育規範
1899年
高等女学校令・実業学校令
中等教育の整備
1900年
小学校令改正
四年制・授業料不徴収の原則
1903・1904年
国定教科書制度・使用開始
教材の国家編纂
1907・1908年
六年制の改正・実施
共通の初等教育を延長
1918年
大学令
高等教育制度の拡充
1941・1943年
国民学校令・中等学校令
戦時下の学校再編
出典:文部科学省『学制百年史』各該当節。文部科学省
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年号を、史料と制度変化の説明に使う
現在地|見通しと史料の読み方
年号は単独で暗記するのでなく、史料の種類・制定主体・制度の内容・社会的な意味を結びつける。例えば「1872年・学制」は、全国的な学校制度を構想した法令として捉え、「全国に同じ学校が直ちに完成した」と読み替えない。制度の公布と地域での実施も区別する。
制度説明の短答:1872年の学制を説明する際、法令の年に加えて、制度構想と地域での実施を分けて考える理由を一文で述べなさい。
史料を用いる場合は、原文の語句と後世の要約を区別し、法令の成立・改正・施行の日付が何を指すかを確認する。
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Ⅰ 制度の形成
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Ⅰ 近世の学びが、近代学校の基盤となる
現在地|Ⅰ 制度の形成
学びの場・教材
主な対象・内容
寺子屋
庶民の読み書き、計算、手紙、商売や生活に関わる知識
藩校
武士子弟を中心とした儒学・武芸・政治的教養
私塾
儒学、国学、蘭学など、師匠や塾に応じた学問
往来物
手紙の形式や生活上の語彙などを含む、学習に用いられた教材群
近代以前から各地に教育の場や教材があり、学制後に設けられた小学校にも、寺子屋、私塾、郷学校、藩校などを母体とするものがあった。
解説メモ|制度の転換と、地域から引き継がれたもの
新しい学校制度の普及は、既存の建物や教える人、地域が教育を支える慣行にも支えられていた。一方、全国共通の教科や課程が導入されることで、従来の学び方も変化していく。近世の学習文化を踏まえると、新制度によって変わった内容と、その実施を支えた地域の蓄積を関連づけて理解できる。
出典:文部科学省「小学校の普及と就学状況」、原教材。文部科学省日本教育改革Ⅰ_近世から戦前まで
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近代国家の形成と、学校が求められた理由
現在地|Ⅰ 制度の形成
明治維新後の政府は、欧米列強との関係のなかで、富国強兵・殖産興業を進め、全国を統治する制度を整えようとした。1871年の文部省設置は、教育を全国的な行政の対象にする動きの一つである。
行政・産業・軍事を担う人材や、共通の言語・知識をもつ国民の形成が学校に期待された。同時に、人々も学校を、生活に役立つ知識を得て新しい進路へ進む機会として捉えていた。
二つの側面
国家の側:人材の育成、社会の統合、共通制度の運営。
人々の側:読み書きの習得、職業への準備、生活の改善、社会的上昇への期待。
解説メモ|学校の普及を、政策と生活の関係から考える
政府が学校の必要性を示しても、地域の費用負担や家庭の生活条件が整わなければ、就学は進みにくい。学ぶことで新たな仕事や進路が開かれるという期待は、学校を求める動きにつながる。学校制度の形成を捉える際には、国家が教育に求めた役割と、人々が暮らしのなかで学校に期待したことを照らし合わせる。
出典:文部科学省『学制百年史』『学制百二十年史』。文部科学省
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1872年学制:全国に学校を配置する構想
現在地|Ⅰ 制度の形成
学制は、全国的な学校制度をつくり、学ぶ機会を広げる構想である。1872年8月、旧暦の太政官布告と文部省の布達を通して、その趣旨と制度が示された。
主な内容
全国を大学区・中学区・小学区に区分する。
小学・中学・大学等の教育段階を構想する。
身分を問わず学ぶことを、人々の生活と社会の発展に必要なものとして位置づける。
学制の趣旨を示した文書には、「邑に不学の戸なく、家に不学の人なからしめん」という理念が掲げられた。
解説メモ|全国的な構想を、地域で実施するための条件
学制は、全国の学校を一つの制度として設計した点に特徴がある。この配置計画と実際の設置状況は区別する必要があり、地域では、校舎や教員、教材、費用を確保し、子どもが通える条件を整える作業が求められた。学制を説明する際には、全国に教育を広げる構想と、その実施を支えた地域の条件をあわせて示す。
出典:文部科学省「学制の制定」。文部科学省
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就学の普及は、家庭と地域の生活に関わる
現在地|Ⅰ 制度の形成
学制後に学校の設置が進むなかで、地域による費用の確保や、家庭が子どもを通わせるための条件が課題となった。
負担・条件
就学との関係
学校の建設・維持費
地域が学校を支える財源を確保する必要がある
授業料・教材費
家計によっては、就学の継続が難しくなる
子どもの労働
家業や家事を担う時間と通学時間が重なる
通学の距離
日常的な移動が負担になる
教育内容
生活上の必要との関係が理解されにくい場合がある
解説メモ|学校への反発を、生活上の負担から捉える
学校への反発には、教育の価値をどう受け止めたかとともに、近代化の費用を誰が負担したかという問題が関わる。学ぶことを望んでいても、家計や家族の仕事を調整できず、子どもを通わせにくい場合がある。教育機会を考える際には、制度上通学できることと、実際に通える生活条件を関連づける。この視点は、現代の就学支援や地域の教育アクセスにも用いられる。
出典:文部科学省「小学校の普及と就学状況」。文部科学省
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1879年教育令:地域に即した運営へ
現在地|Ⅰ 制度の形成
1879年9月29日、学制に代わる教育令が公布された。画一的な学区制を改め、地方の実情に応じて学校を設置・運営する方向が示された。
具体的な内容
町村等による学校運営を基本とする。
地方住民による学務委員の選挙を取り入れる。
学校の設置や就学について、学制期より柔軟な規定を設ける。
学齢期間中の最低就学期間を16か月とする。
解説メモ|地方の裁量と、教育を支える条件を考える
地域の実情に合わせて学校を運営できれば、費用や生活に応じた対応が可能になる。一方、財源や人員の違いは、学校の維持や就学状況の地域差にもつながる。教育令では、国の関与を残しながら地方の裁量を広げたため、地域に委ねる範囲と、全国的に保障する教育の普及・水準をどう組み合わせるかが問題となった。
出典:1879年教育令、文部科学省解説。文部科学省
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1880年改正教育令:普及を支える統制の再編
現在地|Ⅰ 制度の形成
1880年12月28日の教育令改正では、学校の設置や就学を促す措置とともに、教育行政に対する統制が強められた。
主な変更
最低就学期間を見直し、三年の課程を修了するまで毎年一定期間の就学を求めるとともに、学校の授業期間を規定した。府県による学校の設置・廃止への関与を強め、学務委員の選任にも行政がより深く関わるようにした。
制度の流れ
1872年学制:全国的な学校制度を構想する。
1879年教育令:地方の実情に応じた設置・運営の裁量を広げる。
1880年改正教育令:学校の普及と運営を支える統制を強める。
解説メモ|地方の裁量と、普及を督励する責任の調整
1879年に地方の裁量を広げた後、政府は、学校の設置や就学を地方に委ねるだけでは普及が進まないと判断した。1880年改正では、府県による関与と就学の規定を強め、学校を継続的に運営する条件を整えようとした。統制には普及を支える面と地方の裁量を狭める面がある。改革は、何を保障し、誰が判断する仕組みに変えたかをあわせて説明する。
出典:文部科学省「改正教育令」。文部科学省「改正教育令の実施」
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1886年諸学校令:学校種別に目的を与える
現在地|Ⅰ 制度の形成
1885年の内閣制度成立に伴い、森有礼が初代文部大臣となり、1886年には学校種別ごとの制度が整えられた。
学校令
主な位置づけ
小学校令
初等教育と就学の制度を整える
中学校令
中等普通教育を組織する
帝国大学令
国家に関わる高度な教授・研究を組織する
師範学校令
学校教育を担う教員を養成する
解説メモ|学校配置の構想から、学校種ごとの役割へ
学制が示した全国的な学校配置の構想に対し、諸学校令では、それぞれの学校が担う目的や教育内容、担い手が具体化された。初等教育を広く提供することと、高度な学問や専門職へ進む者を選抜することが、同じ学校体系のなかに組み込まれていく。教育の普及を、どの段階から進路が分かれ、その先で何を学ぶのかと関連づけて理解する。
文部省設置は1871年、文部大臣という職の成立は1885年である。
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出典:文部科学省「森文相と諸学校令の公布」。文部科学省

師範学校:教授の専門性と、国家が求める教員像
現在地|Ⅰ 制度の形成
近代学校を広げるには、学校の数とともに、共通の内容を多数の児童に教える方法を整える必要があった。1872年開設の東京の師範学校では、スコットの指導を通じ、学級を単位とする教授法や実物教授が伝習された。高嶺秀夫らは、ペスタロッチ主義を踏まえた開発主義教授法を研究・普及させた。
1886年師範学校令は、高等師範学校と尋常師範学校を定めた。教員は、教科内容や教授方法を身につけ、国家の学校制度を担う存在として養成された。
同令は、生徒に「順良・信愛・威重」の気質を備えさせることを求め、学校を運営するための規律や、教員としての信頼・威厳も養成の対象とした。
解説メモ|専門性の形成と、国家の方針との関係
教授方法を学び、教材を研究することは、教員の専門性を育てる。一方、教育目的や服務が国家の方針に強く結びつくと、教員が専門的に判断できる範囲も問われる。師範学校を理解するには、教授技術や教育研究が育った過程と、国家が求める教員像に沿って養成が行われたことを、同じ制度のなかで捉える必要がある。
出典:1886年師範学校令、文部科学省。文部科学省
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Ⅱ 普及と進路
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Ⅱ 教育勅語:道徳と国家の関係を学校へ組み込む
現在地|Ⅱ 普及と進路
1880年代には学校制度の整備と並行して、国民教育で共有する道徳を何に求めるかが争点となった。1889年の大日本帝国憲法の発布など、天皇制国家の枠組みが整うなかで、政府が徳育の方針を全国へ示す動きが進んだ。
1890年10月30日に発布された教育勅語は、忠孝、家族や友人との関係、学問、法の遵守、国家への奉公を結びつけ、学校教育の規範に位置づけられた。この時期には、学校を広げる制度上の改革と、国家が育てようとする国民像の形成が結びついたのである。
区別するもの
教育上の位置
教育勅語
教育・道徳の規範を示す文書
修身
道徳や行動規範を扱う教科
奉読等の学校儀式
文書の規範を学校生活のなかで反復する行為
解説メモ|日常の道徳が国家への忠誠と結びつく
家族を大切にし、学問に努めるといった徳目は、教育勅語のなかで、天皇制国家の秩序や奉公と結びつけられた。そのため、内容を理解する際には、個々の徳目と、それらが位置づけられた政治的秩序との関係を見る必要がある。現代の道徳教育や国家と教育の関係についても、教えられる価値の内容と、その価値を決め、正当化する仕組みを区別して考えられる。
出典:国立公文書館「教育勅語」。国立公文书馆、文部科学省「明治憲法と教育勅語」
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国定教科書:共通教材と内容統制
現在地|Ⅱ 普及と進路
教科書制度は、自由な発行・使用から、認可や検定による管理へと変化した。1886年以降は検定制度が中心となり、1903年に国定教科書制度が成立し、1904年から使用が始まった。
国定教科書制度
国が教科書の内容を編纂する制度である。印刷や販売等を民間が担う場合も、内容の決定主体は国であるため、制作・流通と内容の決定を区別して捉える。
解説メモ|共通教材による学習保障と、内容決定の集中
共通教材は、全国の児童が一定の知識を学ぶ基盤になる。一方、標準とする歴史や言語、道徳を国家が一元的に定めると、異なる経験や価値が教材に表れにくくなる。教科書制度を論じる際には、教材の質を揃える役割と、内容を誰が決めるかを関連づける。この視点は、現代の教育内容の基準や教科書政策を考える際にも用いられる。
出典:文部科学省「国定教科書制度の成立」。文部科学省
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1900年小学校令改正:就学を支える条件整備
現在地|Ⅱ 普及と進路
1900年の小学校令改正では、尋常小学校の修業年限が四年に統一され、公立小学校では、特別な事情による例外を除き、授業料を徴収しないことが原則となった。
子どもの雇用によって就学を妨げないことなども規定され、学校教育を受けるために、家庭や労働の条件を調整する方向が示された。
整備された条件
教育上の意味
共通の修業年限
初等教育の内容と期間を組織する
授業料不徴収の原則
家計による参加の障壁を下げる
就学を妨げる雇用への対応
子どもが学ぶ時間を確保する
解説メモ|就学義務を、履行できる条件と結びつける
就学を広げるには、学校へ通う義務を定めるとともに、家庭が負担する費用や子どもの生活・労働条件を整える必要がある。1900年の制度整備は、義務と、その履行を可能にする条件を結びつけたものとして理解できる。現代の教育支援でも、制度の利用を促す際には、利用に必要な費用や時間、支援をどう保障するかが問われる。
出典:文部科学省「義務教育制度の確立」。文部科学省
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1907年改正・1908年実施:義務教育を六年へ
現在地|Ⅱ 普及と進路
1907年3月21日の小学校令改正によって、尋常小学校の修業年限が四年から六年へ延長され、1908年4月から実施された。
従来の高等小学校の初めの二年間に相当する教育を、より多くの子どもが受ける共通の初等教育に組み込む方向へと変わった。
背景
就学の普及と初等教育への需要の拡大に加え、社会や国家からも、より高い知識・技能を身につけることが求められていた。
解説メモ|教育年限の延長が、共通に学ぶ範囲を広げる
四年で教育を終える者と、その後も学ぶ者が分かれていた状況から、六年間を共通に保障する制度へ移ることで、初等教育を受ける期間の差は縮小する。その先の中等教育には、家計や学校配置などによる進学条件の違いが残るため、初等教育の共通化と中等教育への進路分化をあわせて見る必要がある。これにより、普及と格差が同時に存在することを理解できる。
出典:文部科学省「義務教育年限の延長」。文部科学省
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就学率から見る、普及と地域差
現在地|Ⅱ 普及と進路
学齢児童の就学率
年
全国平均
1873年
28.1%
1875年
35.4%
1877年
39.9%
1877年には、大阪府67.1%、青森県22.6%という地域差もあった。
数字が示す教育課題
全国的な制度が発足した後も、学校の設置状況や家庭が子どもを通わせる条件には違いがあった。就学の普及には、地域の財源や学校配置、費用と労働の負担、教員の確保などへの対応が必要であった。
解説メモ|歴史と現在を、利用条件という問いで結ぶ
初等教育の就学が広く普及した現在の日本と、学校制度が形成された当時とでは、制度の段階が異なる。その違いを押さえたうえで、通学や学習資源、支援を利用できる条件が、地域や家庭によってどう異なるかを考えられる。歴史から示唆を得る際には、当時の問題をそのまま現在に重ねず、比較できる関係を具体的に取り出す。
出典:文部科学省「小学校の普及と就学状況」。文部科学省
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学校体系:共通の初等教育の先で進路が分かれる
現在地|Ⅱ 普及と進路
1910年代以降の戦間期を捉えるための概略
学校・経路
主な位置づけ
尋常小学校
共通の初等教育
高等小学校
初等教育後の継続教育を担い、修了後の就業等につながる
中学校・高等学校等・大学
主として男子が中等普通教育から高等教育へ進む経路
高等女学校・女子専門学校等
女子が中等・高等段階の教育を受ける経路
実業学校
農業・工業・商業などに関わる教育
師範学校
教員養成につながる教育
解説メモ|複線型学校体系を、教育と進路の違いから捉える
戦前の学校体系では、学校種によって目的や教育内容、入学条件、卒業後の進路が異なっていた。共通の初等教育が普及しても、その先で利用できる経路は、性別、家計、地域、学力、学校配置等に左右された。「複線型」を説明する際には、複数の経路があることと、それぞれが異なる教育内容や社会的な位置につながっていたことをあわせて示す。
本表はすべての例外・接続を示す制度図ではない。旧制中学校・高等学校は現在の同名学校と区別する。
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出典:文部科学省学校制度史、原教材。文部科学省日本教育改革Ⅰ_近世から戦前まで

女子教育:学習機会の拡大と、教育目的の違い
現在地|Ⅱ 普及と進路
1899年の高等女学校令によって女子の中等教育が整えられ、学習機会が拡大した。その教育課程や卒業後の進路は、男子中学校とは異なる形で組織されていた。
良妻賢母という教育観
女性を家庭の妻・母として位置づけ、その役割に必要とされる教養や能力を育てる方向が、女子教育の内容や進路と結びついた。
高等女学校では家事・裁縫を含む普通教育が行われており、教育内容の全体と、そのなかで期待された女性の役割を捉える必要がある。
解説メモ|機会の拡大を、内容と進路から確かめる
学校に入れる人数が増えても、学べる内容や得られる資格、進める上級学校・職業が異なれば、教育機会の意味も変わる。女子教育史では、就学機会の拡大を、性別による役割期待や進路条件と関連づけて理解する。現代の専攻分野や職業選択の男女差についても、制度上選べることと、その選択を方向づける条件を区別して考えられる。
出典:文部科学省「学校制度の整備」。文部科学省
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実業教育・専門教育:産業と進路をつなぐ
現在地|Ⅱ 普及と進路
1899年の実業学校令、1903年の専門学校令などにより、職業や専門領域に関わる教育が制度として整えられた。
学校の位置づけ
実業学校は農業・工業・商業等の産業と結びつく教育を担い、旧制専門学校は高等段階で専門的な学問や職業教育を行う機関として位置づけられた。
進路を形成する条件
進路には、教育内容とともに、入学資格、授業料、所在地、卒業後の仕事、上級学校への接続が関わる。
解説メモ|職業への機会と、教育経路の分化を考える
実業教育には、地域の産業を担い、専門技能によって進路を開く機能があった。一方、普通教育から大学へ進む経路との違いは、社会的な評価や移動の可能性にも関わった。利用した家庭や子どもの状況は一様ではないため、家計の困難と特定の進路を直結させず、誰がどの学校を利用し、卒業後にどの仕事や学習へ進んだかを具体的に捉える。
出典:文部科学省「学校制度の整備」。文部科学省
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1918年大学令:大学制度を公立・私立へ広げる
現在地|Ⅱ 普及と進路
1918年12月公布の大学令は、大学一般に関する制度を整え、公立・私立大学を認める仕組みを設けた。複数の学部を持つ大学とともに、単科大学も認められた。
大学の設置には、組織や財産等の条件を満たし、認可の手続を経ることが求められた。
解説メモ|創立と、大学としての認可を区別する
私立の教育機関には、大学令以前から学問や専門教育を提供していたものがある。そのため、学校の沿革では、教育活動を始めた創立時点と、改称や法制度上の大学認可を区別して読む必要がある。大学令による拡充は、公立・私立を含む多様な機関に大学としての地位を開くとともに、認可や基準によって高等教育を制度的に組織する過程であった。
現代への問い
教育機関の多様性、国の基準、学位の社会的な承認をどう結びつけるか。
出典:文部科学省「大学令と新高等学校令」。文部科学省
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Ⅲ 教育の別の可能性
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Ⅲ 福沢諭吉:実学と独立した判断
現在地|Ⅲ 教育の別の可能性
進学先の分化を理解したうえで、制度の中や外から提案された別の教育にも目を向ける。何を教え、誰の経験を学習の出発点としたのかを比べたい。
福沢諭吉の『学問のすゝめ』は、1872年に初編が刊行された。学問を広く人々の生活に関わるものと捉え、身分を問わず、生活を支え、自ら判断するための基盤に位置づけた。
実学
現実の生活や社会の理解に関わる知識を学び、確かめ、用いること。
独立自尊
経済的・精神的な自立と、自ら学び判断する姿勢を捉える際の重要な概念。
解説メモ|個人の独立と社会の形成
福沢の思想では、学問を通して生活を支え、公共的な問題について自ら考えることが、個人の独立と社会の形成を結びつける。他者や権威の判断を受け入れる際にも、その根拠を理解することが求められる。国家が学校を整える動きと、私学や民間の学問が育てようとした人間像を照らし合わせることで、明治の教育に複数の構想があったことを捉えられる。
出典:福沢諭吉『学問のすゝめ』初編(1872年)。青空文庫
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大正新教育:子どもの学習を中心に学校を組み替える
現在地|Ⅲ 教育の別の可能性
大正期には、都市化・中間層の拡大や自由主義的・民主主義的な思潮、海外の新教育への関心を背景に、子どもの個性・自発的な活動・生活経験を重視する教育実践が展開した。共通の知識を効率よく教える学校に対し、学習者自身が活動を組織する可能性が問われた。
実践
主な特徴
澤柳政太郎・成城小学校
1917年開校。個性や自学を重視し、教育の実験に取り組む
木下竹次・奈良女子高等師範学校附属小学校
独自学習と相互学習、生活からの学習、合科学習を構想する
『学習原論』は、木下が1923年に刊行した。学習者自身の活動から教育の過程を捉える。
解説メモ|個人の学習と、仲間との学習を組み合わせる
自分で問題に取り組む学習と、仲間の考えに触れて理解を広げる学習を組み合わせることで、学習者自身の活動が教育の中心に置かれる。合科学習は、生活のまとまりから生じる問題を通して、複数の教科の知識を関連づける構想として捉えられる。これらは全国の学校を一律に変えた改革ではなく、私立学校や附属学校などを含む多様な試みであった。教育勅語を中心とする制度や入学試験による選抜との緊張も残った。現代の探究や協働、教科横断的学習を考える際にも、方法の工夫と、それを可能にする制度条件をあわせて検討できる。
出典:成城学園「学園の歴史」。成城学園
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生活綴方:子どもの生活を、書き、読み合う
現在地|Ⅲ 教育の別の可能性
大正から昭和初期には、子どもの表現を重視する綴方教育が展開した。1918年創刊の『赤い鳥』をめぐる表現活動や、生活の現実を見つめる生活綴方は、子ども自身の経験を教育内容に位置づけるうえで重要である。
生活綴方では、家族、仕事、地域、友人関係などを文章にし、読み合うことを通して、自分と他者の生活を捉えることが重視された。
解説メモ|書かれた経験から、生活を理解する
生活綴方では、文章の技術とともに、そこに書かれた貧困や労働、家族の関係を捉える。子どもが何を経験し、それをどう受け止め、他者と読み合うことで何に気づくかが学習の内容となる。教師も、子どもの生活を知ることで授業や支援を考え直す機会を得るため、現代の子どもの声、教育福祉、表現教育の研究にもつながる。
出典:生活綴方教育の研究及び原教材。風間書房
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普及の外側:障害のある子どもの教育
現在地|Ⅲ 教育の別の可能性
初等教育が普及するなかでも、障害のある子どものうち、就学猶予・免除によって学校教育を受ける機会から外れる子どもが存在した。
1923年の盲学校及聾唖学校令は1924年から実施され、道府県による学校設置などが制度化された。学校を設置する義務と、子どもの就学を義務化することは、異なる段階で進められた。
解説メモ|学校制度が想定した学習者を考える
普及率の上昇を捉える際には、制度がどのような学習者を標準としていたかも確かめる必要がある。標準的な授業への参加を前提にすると、参加しにくい子どもの教育は例外として扱われやすい。障害児教育史は、学校がどこまで広がったかとともに、誰が教育を受ける主体に位置づけられ、そのための条件がどう整えられたかを問う視点を与える。
出典:文部科学省「特殊教育」関連節。文部科学省
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Ⅳ 戦時再編と現代への問い
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Ⅳ 1941年国民学校令:教育を皇国民の錬成へ
現在地|Ⅳ 戦時再編と現代への問い
1930年代には、思想統制と戦争の拡大によって、教育を国家の戦争遂行へ動員する動きが強まった。学校制度の拡充は続いたが、そこで学ぶ目的・内容・時間は、戦時の要請に合わせて組み替えられた。
1941年、小学校は国民学校へ改編された。国民学校令は、「皇国ノ道」に則る初等普通教育を通して、国民の基礎的な錬成を行うことを目的に掲げた。
主な構造
初等科六年、高等科二年とし、教科は国民科、理数科、体錬科、芸能科などへ再編された。
義務教育を八年へ延長する構想も設けられたが、1944年度からの実施は延期され、戦時下では実現しなかった。
解説メモ|教科の統合と、教育目的の関係を捉える
国民学校では、各教科や身体活動を、皇国民の錬成という目的に結びつける再編が行われた。教科が統合されるという形式が似ていても、現在の教科横断的学習とは教育目的が異なる。教育内容の統合を説明する際は、教科数や編成の変更を押さえ、その変更によってどのような人間を育て、国家のどの目的に応えようとしたのかを示す。
出典:文部科学省「国民学校の成立」。文部科学省
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1943年中等学校令:制度の統合と戦時再編
現在地|Ⅳ 戦時再編と現代への問い
1943年1月21日に公布され、同年4月から施行された中等学校令は、従来の中学校、高等女学校、実業学校を一つの法令の下にまとめた。
主な内容
学校種としての中学校・高等女学校・実業学校は存続する。
修業年限は四年を原則とする方向へ再編される。
皇国民の錬成を目的とし、高等普通教育または実業教育を行う。
戦時下の人材需要に応じ、社会や生産活動へ早期に移行させる要請と関わる。
解説メモ|法令の統合と、教育経路の違いを区別する
三種類の学校は同じ法令の下に置かれた後も、目的や対象となる性別、教育内容、卒業後の進路に違いを残していた。また、修業期間の短縮は、学習期間を広げることとは異なる方向を持つ。この改革を説明する際には、法令上の統合、学校種の存続、戦時下の目的を関連づけ、制度のどの部分が変わったのかを明確にする。
出典:文部科学省「中等学校制度の再編」。文部科学省
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戦時動員:学校生活と進路が再編される
現在地|Ⅳ 戦時再編と現代への問い
用語
主な内容
学徒勤労動員
工場や生産活動等への動員
学徒出陣
在学による徴集延期の停止等に伴う軍務への動員
軍事教練
学校で行われる軍事的な訓練
卒業の繰上げ等
修業期間・卒業時期の変更
1943年には、在学による徴集延期を停止する措置によって、主として文科系等の学生が学業の途中で軍務に就いた。対象の指定には違いがあり、学生によって取扱いは異なっていた。
解説メモ|動員が、学習の時間と進路を変える
戦時動員によって変わったのは、教育内容とともに、授業を受ける時間や身体を使う活動、卒業の時期、職業へ移る経路であった。学校制度が存続していても、日常の学習機会が大きく制約される場合がある。国家と教育の関係を捉える際には、教科書の価値や理念を、人々の時間と進路がどう編成されたかとあわせて見る必要がある。
出典:国立公文書館「学徒出陣が始まる」、文部科学省教育史。文部科学省
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戦前史から考える、現代の国家と教育
現在地|Ⅳ 戦時再編と現代への問い
歴史から得られる問い
現代の教育課題
全国制度があっても利用条件に差があった
地域の学校配置、費用、学習支援の保障
共通教材が知識と価値を標準化した
全国的基準と多様な文化・地域の経験
教員の専門性と国家の方針が結びついた
教師の専門的判断と行政責任
共通の初等教育の先で経路が分かれた
進路分化、学校間格差、学習の再挑戦
解説メモ|条件の保障と、教育内容の決定を考える
国家による条件整備は、家庭や地域の資源の違いに対応する役割を持つ。一方、教育内容や望ましい人間像を一元的に定めることは、学習者や専門職の判断を狭める可能性がある。現代の教育を考える際には、公的な保障と、教育の自主性、子どもの権利、民主的な意思形成をどう組み合わせるかを検討する。教育基本法第16条も、不当な支配の排除と国・地方公共団体の責任を規定している。
出典:教育基本法第16条。現代への接続は本講での考察。文部科学省
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歴史を、自分の研究関心へ結びつける
現在地|Ⅳ 戦時再編と現代への問い
研究関心
本講から深められる問題
地域の教育機会
学校配置や財政と、住民の生活条件はどう組み合わされるか
教科書・道徳教育
共通に教える知識や価値は、誰の経験を代表しているか
探究・表現教育
子どもの生活を教材にする実践は、教科や評価をどう組み替えるか
教育格差・進路
学校種や資格の違いは、どのような進路の差につながるか
インクルーシブ教育
学校が標準とする参加条件のもとで、誰が参加しやすく、誰が参加しにくいか
解説メモ|制度が成立した理由から、現在を問い直す
歴史上の制度と現在の制度に似た名称があっても、目的や権利の位置づけが同じとは限らない。現在の制度がどのような問題への対応として成立し、どの選択肢を開き、何を制限してきたかをたどることで、その制度を当然のものとせずに考えられる。歴史を研究関心へ結びつけるとは、こうした形成の過程を手がかりに、現在の教育の別のあり方を検討することである。
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演習・歴史説明・論述
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複数選択問題1:学校制度の改革を考察する
現在地|演習・歴史説明・論述
本講座作成・比較課題
1879年教育令と1880年改正教育令を比較して、学生が次のように述べた。
「地方裁量が広がれば教育の自由が実現し、国の統制が強まれば教育機会は必ず狭くなる。」
この説明を修正するために適切なものをすべて選びなさい。
A.地方裁量には、地域の事情に合った運営を可能にする面がある。
B.国の統制は、その対象にかかわらず、教育機会の保障とは無関係である。
C.財源や人員に差がある場合、地方裁量の拡大が地域差と結びつく可能性がある。
D.1880年の改正では、学校の設置や就学の普及を支えるための関与も強められた。
E.二つの制度はどちらも「教育令」なので、実質的な違いはない。
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複数選択問題2:就学率から教育課題を考える
現在地|演習・歴史説明・論述
資料:学齢児童の就学率
年・地域
就学率
全国・1873年
28.1%
全国・1877年
39.9%
大阪府・1877年
67.1%
青森県・1877年
22.6%
この資料と本講の制度史を踏まえ、適切な考察を二つ選びなさい。
A.学校を制度として整えるとともに、地域の費用負担や学校配置、家庭の生活条件に対応する必要があった。
B.就学率の低さは、地域住民が教育を必要としていなかったことを直接示す。
C.全国平均が上がったため、地域別の教育条件を考える必要はなくなった。
D.1900年の授業料不徴収の原則は、家計の負担を軽減し、就学を支える施策として位置づけられる。
E.学校が多様な地域に存在すること自体が、教育格差の原因である。
出典:文部科学省『学制百年史』。文部科学省
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複数選択問題3:共通の教育内容と地域の経験
現在地|演習・歴史説明・論述
本講座作成・現代への応用事例
ある自治体は、教育水準を保障するため、教材と授業の進め方を全校で細かく統一する案を検討している。教員からは、外国につながる児童の経験や地域の産業を教材として取り上げたいという意見が出た。
戦前の教員・教科書制度から得られる視点として、適切なものをすべて選びなさい。
A.教材を共通化することには、必要な知識や学習機会を保障する意味がある。
B.教育内容を共通化するには、教師の教材判断もすべて同じにする必要がある。
C.どの文化や経験が標準として選ばれるかは、教育内容の公共性に関わる。
D.地域の教材を用いることは、全国的な教育保障と原理的に両立しない。
E.共通に保障する目標と、それを達成するための方法・教材の裁量を区別して検討できる。
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複数選択問題4:制度が一つになることの意味
現在地|演習・歴史説明・論述
本講座作成・制度解釈課題
1943年中等学校令について、二人の学生が説明した。
甲:「三種類の学校が一つの法令にまとめられたことが重要である。」
乙:「一つの法令になった以上、すべての生徒が同じ教育内容と進路を得た。」
適切な判断をすべて選びなさい。
A.甲の説明は制度上の変更を捉えているが、教育目的や学校種の継続も説明する必要がある。
B.乙の説明は、法令の統合と教育機会の平等を同一視している。
C.四年制を原則としたことは、すべての学校で学習期間を延長したことを意味する。
D.戦時下で、人材を早く社会や生産活動へ送り出す目的も検討する必要がある。
E.この改革は、戦後の単線型学校体系と同じ意味の改革である。
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複数選択問題5:現代の研究関心を歴史から深める
現在地|演習・歴史説明・論述
本講座作成
学生が、現代の教育課題と歴史を結びつけて研究テーマを考えている。本講の内容に即した組合せをすべて選びなさい。
A.女子の進路選択―学校へのアクセスと、学習内容・上級学校への接続の違いを区別して考える。
B.子どもの表現―生活綴方を手がかりに、子どもの生活経験が授業の内容になる過程を考える。
C.インクルーシブ教育―初等教育の普及率が上がれば、障害のある子どもの教育も同時に保障されたと考える。
D.地域の学校―国家の設置方針と、地域が学校を支える生活・財政条件との関係を考える。
E.探究学習―大正新教育が存在したことから、当時の全学校で同じ授業方法が実施されたと考える。
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現在地|演習・歴史説明・論述
制度の変更を説明する際は、それが人々の学べる条件をどう変えたのかまで関連づける。
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現在地|演習・歴史説明・論述
歴史と現在の違いを確かめながら、現在の研究関心を深めるための問題の軸を取り出す。
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小論文A:教育学共通基礎・国家と教育
現在地|演習・歴史説明・論述
本講座作成/60分/1,200字程度
国家と教育は、どのような関係にあるべきか。戦前日本の教育改革に言及するとともに、現代の教育課題を取り上げ、あなたの考えを論じなさい。
問題の範囲
国家が教育に関わる理由と、その関与に伴う課題を考える。論じる問題に合った制度や出来事を選び、戦前史の説明を現代の課題についての考察へ結びつける。
歴史的事実の説明を踏まえ、現代の教育課題について、国家の関与をどう考えるかまで論じる。
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現在地|演習・歴史説明・論述
評価の重点:歴史的事実を用いて、国家の関与が果たす役割と、その限界を具体的に説明していること。
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過去問B:1943年中等学校令の歴史的意義
早稲田大学大学院教育学研究科 2025年度入学試験
学校教育専攻/専門科目 設問Ⅰ(教育学)問題1(4)からの抜粋
元の試験の共通指示
以下の7題中、1課題を選び、論述しなさい。
原題
(4)1943年「中等学校令」の歴史的意義について論述しなさい。
出典:所蔵過去問『2025早稲田教育一般.pdf』PDF pp.1–2。過去問原文アーカイブ
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